
西洋人は20世紀の野蛮な時代を朝鮮で迎え、自然の一部である有機体であり、社会と文化の中で自分を形成し、忠実に生きていた善良な人間民衆を目撃しながら、彼らの滅亡がもたらすであろう利益と残念さ、変動する世界の存在を自分たちの目で直接確認しようとした。

最近は礼儀と節度をわきまえた人を見つけるのが難しい。意識のある人も少なく、若い人を叱る大人もなかなか見当たらない。誰かに政治的信念を話せば、互いに指を差し合う世の中になってしまい、ただ自分の命一つを保って生きるのも容易ではない悪しき時代だ。

その厳重な現実で、少年工が道知事になり、市長になり、大統領になった立志伝中の人物なのに、皆が彼を食い物にしようと躍起になっている。現在の20代が還暦を迎える頃には、この国は価値観の転倒が国政の危機どころか、国家の存亡にまで影響を及ぼすレベルになるかもしれない。

熊東学園の沿革には、昌東学塾、啓光学園が登場する。その始まりは、国権強奪以前から、当時の熊東面斗洞里の裵氏集落で一宇裵翊台(生没年不詳)が運営していた儒学教育のための「錦東斎」という名の書堂である。

2019年秋、ソウル光化門と瑞草区一帯は曺国辞任と守護で真っ二つに分かれ、国民もまた分断された。道路はもちろん地下道でも人々はプラカードを掲げ、ある者は守護を叫び、ある者は反対を主張した。曺国の経歴は文在寅政権時代の検察改革適任者のように見えるのに不足はなかった。

イ・ジンスクと国民の力は、過去の反民族親日派の変質変形集団であり一部であり、光州を血で染めた権力の政治的後裔たちである。彼らの今の行動は、理由のある政治的批判ではなく、歴史の債務を相手に押し付ける憎むべき手口、進化した一進会方式である。

政治家にとって歴史認識は教養の問題ではなく、政治的判断の出発点である。過去に国家権力が国民にどのような暴力を振るったかを理解せず、市民がどのような犠牲を払ったかを知ろうとせず、国民の自由と権利を大切にしない者だ。

おそらく、まさにその点から人間の偉大さが始まるのかもしれない。宇宙が私たちに正義を保証してくれないからといって、私たちが正義を諦めるべきではない。世の中が必ずしも善に報いるとは限らないからといって、私たちが善を選ぶ理由がなくなるわけでもない。むしろ、報われないかもしれないと知りながらも...

人間は完成された存在ではない。人間は一つの道である。「昨日の私を超えて今日の私になり、今日の私を超えて明日の私になる過程」である。だからニーチェの『ツァラトゥストラ』は「神の死」を宣言する本であると同時に、逆説的に「人間の誕生」を宣言する本でもある。

略奪の時代、戦争医師として金儲けをしたアン・サンホや、植民地の土地で商売をして一儲けしようとやってきた高瀬は、植民地制度と政策を利用して富を築いた者という点で、真の成功事例とは言えない。しかし、現実では、誰かが死に追いやられた場所で金儲けをしてこそ、成功した事業家として崇められるようになった。
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