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Whether Corea or Korea, dignity comes first.
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회고回顧/懷古

칼럼
PinkPepper

懐古161. オ・セフン無罪

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2026. 10. 24
法廷ドラマ
2026年10月23日午後2時、ソウル高等法院刑事第7部で、オ・セフンソウル市長の「ミョンテギュン世論調査費肩代わり疑惑」事件の控訴審において、ク・フェグン部長判事は無罪を宣告した。彼は内乱犯ユン・ソギョルに一審で無罪を宣告した判事で、全羅南道光陽で出世した人物である。共に起訴されたカン・チョルウォン元ソウル市政務副市長と後援者である実業家キム・ハンジョンも無罪が宣告された。国民はク・フェグン、カン・チョルウォン、キム・ハンジョンの顔も知らない。ただミョンテギュンとオ・セフンだけが舞台に上がる。
 
オ・セフンは、一審で市長職喪失刑に相当する罰金1千万ウォンと追徴金2千1百万ウォンを宣告された判決が完全に覆された。特検は二審で懲役1年6ヶ月と追徴金3千3百万ウォンを求刑したが、裁判所はこれを受け入れなかった。裁判部は「本件の核心的な直接証拠はミョンテギュンの陳述のみであり、その陳述をそのまま信じることは難しく、残りの断片的な事実だけでは公訴事実を認めるには不十分であり、むしろ反対の事情が多く認められる」と判示した。
 
この裁判は、最初から演出された法廷ドラマの設定の中で動いたショーだった。刑事責任が立証されなかったという呆れた判断が、オ・セフンに政治的免罪符として化けた。むしろ罪人を順調に出世させるこの「法が犯す罪悪」という、歴史で多く見てきた退屈なパターンが再現されたに過ぎない。この裁判結果により事実関係は永遠に葬られ、もしこのまま司法改革が失敗すれば、現代の大韓民国は「無能」な国家として歴史の中に消え去る可能性がある。
 
昔であれば斬首刑に処されるべき明太均と呉世勲を生かし、政治的に彼らの後ろに隠れて延命を望む存在はいくらでもいる。新天地や統一教会などのカルト宗教組織もあり、現在司法改革が全く行われていない状況で内乱勢力を育てた文在寅一党と国民の力も呉世勲が必要なカードだ。最も切実なのは内乱に同調した司法部そのものだ。この判決が有意義であるとすれば、それは犯罪者集団の裁判を受けなければならないこのシステムを改革できない限り、韓国には未来がないという自覚だ。彼らは元娼婦キム・ミョンシン、芸名「ジュリー」であり元大統領夫人キム・ゴンヒも釈放する構えだ。法がそれを可能にするので、大韓民国の有権者であるという事実は、薄氷の上に置かれた魚のように選択の幅が狭い。人間世界の皮肉だ。
 
歴史は、この馬鹿げた状況が事実となり正当性を持つように、筆力を持つ模写家たちが立ち上がって詳細に記録し、彼らが再び活躍できるようにするだろう。もし具判事に家庭があるなら、彼が良い父親としての役割を果たす基準を何に置くのか疑問だ。大韓民国で通用する汚れた司法精神が判事の子供たちからその世代全体に伝染し、犯罪者を擁護する機関は身を守るように安全装置は発展し続けるだろう。
 
韓国人の歴史は、悪人を有名で有能な政治家として、善意の動機を持つ信念の政治家を無能で粗雑な人物として描写するために、様々な動機を与え、責任ある地位と権威を与えてきた。歴史の歪曲が過去の日本帝国の行政力だけで、日本統治時代にのみ行われたと考えるのは大きな間違いだ。彼らのやり方は、生きている生命体のように自己複製と進化を通じて、今も韓国人の大切な一日一日を書き換えているという事実、有権者の力が失われる現実だ。
 
三流の携帯電話販売員から成功した牛飼いのミョンテギュンと、ドジョウのように生きるオ・セフンの背中に触手を突き刺し、政治生命を延ばそうとする者たちを、子孫たちはどのように記憶するだろうか。成功した人生を送った者たちとして扱われる未来は、政治そのものを嫌悪するようになるだろう。子孫たちは政治を嫌悪し、正しい政治的見解を持つことが難しくなり、政治に無関心になり、人生そのものが乾燥したものになるだろう。まさに日本帝国主義が望んだ人生だ。
 
ある者は命を懸けて国を救うために放浪の乞食として大陸をさまよっていた時、ある者は統監府・総督府に協力して出世の道を歩んだ。最も良い職種は法であり、法を熟知した者だけが法を知り、法によって植民地体制を強固にすることができたので、現代においても法学部出身者が政治家になるのは当然のことだ。司法改革は安価で明確な判断ができるAI裁判官に任せるべきであり、韓国で法を扱うことは歴史の節を増幅させる紛争を招くだけである。
 
最初から演出された法廷ドラマをオ・セフンの政治的終焉として報道し、大衆を安心させたプレショーの司会者たちも、オの無罪判決とともに役割を終えた。観客はオ・セフンの政治生活が終わると信じ、安心して足を伸ばし、ソウル広場が市民の手に戻るだろうと想像力を働かせた自身の精神的怠惰を愚かだと自己批判させる。原因をあちらに置くことができず、いつも不出来な自分に帰結するように回るこの社会の邪悪さに身震いする。果たしてこの汚い繰り返しの歴史はいつ終焉を迎えることができるだろうか?
 
漢陽の責任者
漢江、漢陽、漢城、漢城府、漢城旬報など、「漢」の字を使う地名・機関名は数多く存在する。そうすると、漢の国は誰の国なのかという歴史的主体性に関する疑問が生じるかもしれない。しかし、この疑問を法で禁じた歴史は日本帝国主義によるものであり、後には自ら禁じた。日本帝国主義の手先となった者たちが自分たちの協力行為の足跡を消したという意味であり、その骨子は簡潔に述べることができないため省略する。
 
周辺国の介入が絶対的に必要な国の無能な君主、高宗の在位期間は1863年から1907年まで約44年間、最初から最後まで同じ高宗だったのだろうか。誰も想像すらできないことが、日帝の法と干渉によって起こった。これまでのことを議論するには、司法改革が優先されるべきだ。韓国人は、もしかしたら今も日帝植民地支配下にあるのと変わらないと見ることができるが、彼らの法が神から与えられた職場である以上、大統領は死ぬ運命だ。日帝が植え付けた歴史の汚れた血が、そのように機能するようにできている。
 
呉世勲に無罪を贈ったソウル高等法院は、その前身が京城覆審法院で、京城地方法院の上級審であり、両法院はかつて同じ庁舎を使用していた。日帝は、司法制度の不備に苦しみ、塗炭の苦しみに陥った朝鮮の民のために近代裁判所を制定した。誰も干渉を望まなかったが、彼らはそう表現する。1895年、高宗32年、漢城府の民事・刑事裁判を担当した近代的司法機関である漢城裁判所が設立された。法律第1号「裁判所構成法」である。1899年、高宗36年、大韓帝国年号光武3年8月、高等裁判所を平理院に改編し、地方で観察使・監理の判事兼任を認めた。法律第3号として第1次全面改正した。1907年第2次改正、1909年法律第28号で司法権を日本に奪われた後、大韓帝国の「裁判所構成法」は廃止される。しかし、法の主体が大韓帝国であるため、日帝とは無関係であるかのように歴史に残った。
 
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京城という名称は、高等法院・覆審法院・地方法院など当時の法院の名称として残ったが、ソウルの別の名称としてのみ記憶されている。名称が違うだけでなく、京城とソウルは位置も異なり、象徴も異なる。しかし、法を執行する人間の属性だけはそのままなのだ。したがって、歴史を歪曲する設定値は日帝が、転がるゲームは韓国が担当したと見ている。
 
1395年、判漢城府事の成石璘を初代首長として、過去のソウル市長が誕生する。1466年、世祖12年に漢城府尹に改称され、1469年、睿宗1年に漢城府判尹に改称され、一貫して漢城という地名が使用された。1894年、甲午改革で判尹を府尹に変更するまで、ソウルを統治する最高責任者の名称であった。1896年、混乱の中で再び判尹の名称が復旧されたが、1907年に再び府尹に変わる。この間、あの有名な伊藤博文の愛妾であり、日本の密偵として活動し、富と栄華を享受し、同胞を挺身隊として売り飛ばした裵貞子の兄である裵國泰が漢城府判尹に在任したが、その期間は1904年9月23日から10月16日までで、両端の日付を含めて合計24日間であった。
 
国の混乱と跋扈する売国奴の間で、果たして高宗は無事だったのだろうか。法は何も残さなかった。今、呉世勲の無罪の結末は、趙熙大の無事な任期終了と李在明の死を予告する。朝鮮の民が大韓帝国の民となり、植民地日本の臣民だと言った金文洙の自己告白と、戦争の弾除けから左右イデオロギー対立の種馬として育ったソウル市民、大韓民国有権者の現状である。

댓글
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mama
7
무죄 판결 하나보다 더 두려운 것은 그 판결이 사회에 남기는 정치적 효과입니다. 법정에서 입증의 책임을 따지는 것과 정치적·역사적 책임을 묻는 것은 별개의 문제입니다. 사법부가 국민의 신뢰를 회복하려면 판결의 결론만큼이나 그 과정과 논리를 국민이 납득할 수 있어야 합니다.
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sr84
8
1심에서 유죄 판단이 나왔던 사건이 항소심에서 완전히 뒤집혔다면 국민이 납득할 수 있도록 판결의 근거를 더욱 명확하게 설명해야 한다. 법관의 독립은 존중받아야 하지만, 사법부의 권위가 비판과 검증으로부터 면제되는 특권은 아니다.
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최대호
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친일 청산이 제대로 이루어지지 않은 역사가 오늘날 사법 불신과 어떻게 연결되는지 돌아보게 하는 글입니다. 권력에 협력한 자는 살아남고 저항한 자는 희생되는 역사가 반복된다면 민주주의는 껍데기만 남습니다. 사법 개혁은 특정 정치인의 유불리가 아니라 국가의 역사적 책임이라는 관점에서 접근해야 합니다
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ins78
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법은 권력자의 방패가 되어서도, 정치적 분노를 대신하는 칼이 되어서도 안 됩니다. 무죄 판결이 곧 모든 의혹의 해소를 의미하는 것은 아니지만, 판결에 대한 비판 역시 구체적인 증거와 법리에 근거해야 합니다. 사법부의 독립과 책임성을 함께 확보하는 개혁이 필요한 이유입니다.
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萬松
4
서울고등법원의 판결을 한양과 경성의 역사까지 연결한 대목이 인상적입니다. 제도는 시대가 바뀌어도 그 안에서 권력을 행사하는 사람과 관행에 따라 과거의 그림자를 이어갈 수 있습니다. 역사를 바로 세우려면 기관의 이름을 바꾸는 데 그치지 말고, 권력과 법의 관계를 근본적으로 성찰해야 합니다.
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Platon
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법이 권력자에게는 정교한 방패가 되고 평범한 국민에게는 엄격한 잣대가 된다는 인식이 굳어지면 사법부에 대한 신뢰는 회복하기 어렵습니다. 이번 판결 역시 오랜 사법 불신을 해소하기보다 의문을 키웠다는 비판을 피하기 어려워 보입니다. 사법부는 국민의 의문에 책임 있게 답해야 합니다.
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Jeong Byeon_72828
4
어쩌면 저렇게도 분별력이 없는 판결에 실망했습니다.
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조기호
5
오세훈 무죄 판결로 법적 책임은 일단 벗어났을지 몰라도 정치적 의혹까지 저절로 사라지는 것은 아니다. 1심과 2심의 판단이 왜 이렇게 달라졌는지, 어떤 증거를 어떻게 평가했는지 국민이 이해할 수 있어야 한다. 법원의 결론만으로 모든 논란이 끝났다고 생각한다면 오산이다.
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타미르
4
국민이 분노하는 이유는 오세훈 시장의 무죄 판결 자체만이 아니라, 권력과 사법부의 관계를 둘러싼 불신이 반복되고 있기 때문일 것입니다. 판결이 나올 때마다 국민이 결과를 의심해야 한다면 사법부의 존재 이유마저 흔들릴 수 있습니다. 사법부가 국민의 신뢰를 회복하려면 권위 뒤에 숨지 말고 공정성과 투명성을 판결로 증명해 주시기 바랍니다.
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minjoo
4
무죄 판결을 내릴 수는 있다. 그러나 무죄라는 두 글자가 모든 의혹을 덮는 면죄부가 되어서는 안 된다. 검찰의 입증이 부족했다면 무엇이 부족했는지, 1심과 달리 판단한 핵심 이유가 무엇인지 분명히 밝혀야 한다. 사법부가 국민에게 설명할 책임까지 없어진 것은 아니다.
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냥냥이님
1
국민이 정치에 기대를 접고 사법부를 불신하게 되는 순간, 민주주의의 가장 중요한 기반이 무너집니다. 다만 분노를 넘어 제도적 대안을 제시해야 역사의 반복을 끊을 수 있습니다. 판결에 대한 철저한 검증, 사법부의 투명성 강화, 과거사에 대한 정확한 기록이 함께 이루어져야 합니다.
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