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東亜日報 1920年7月22日 学友会巡回講演団解散命令とメディア弾圧

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2026. 09. 16
  • 日本総督府が東洋平和と朝鮮の安寧を名目に講演を解散させたのは、思想と報道の自由を抑圧し、朝鮮人の生命力を抹殺しようとする欺瞞的な行為であると批判します。
  • 総督府が言う「融和」は、朝鮮民族の文化とアイデンティティを破壊し、日本に同化させようとする意図を隠したものであり、斎藤総督の過去の発言と現在の政策の矛盾を指摘し、非難します。
  • 講演解散の理由が不明確で恣意的であることを強調し、当局が時代錯誤な考え方で真実を歪曲し、朝鮮人を欺いていることを暴露します。
  • 朝鮮人の生命は思想と報道の自由にあると力説し、当局の政策がいかに隠蔽しようとも、結局その本質が露呈するだろうと警告します。
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多年にわたり海外留学中の学生による今夏の巡回講演団は、18日京城で開会中に解散を命じられた。解散命令の理由書には、「朝鮮の併合は東洋の平和を維持し、朝鮮の安寧を保障するためであり、歴代総督は皆この方針に従い、日鮮融和および朝鮮人の福利を図った。特に斎藤総督は赴任以来、昼夜を問わず内政改善に努め、この大方針の実現に尽瘁(身が痩せ細るほど心身を尽くして努力すること)した」と記されている。
 
東洋の平和と朝鮮の安寧が朝鮮を併合することで維持されるというが、その根拠はどこにあるのか?事実上、朝鮮に安寧があるかは不明だが、個人の生命はその肉体が禽獣や機械のように存在するのではなく、ただ思想の解放と自由な言論によってその意思を表明し、行動するために存在する。それゆえ、もし思想が抑圧されて解放されず、言論が圧迫されて自由がないならば、そこで意思の表明も止まり、行動も途絶える。動作や意思が止まった肉体に、人生としての生命があるだろうか?
 
このように、民族の生命もまた、その民族の意思が止まることなく活動が途絶えないことによって初めて、民族全体の生命が存在するのだ。そうでなければ、真の人類としての生命を享受しているとは言えない。朝鮮民族に思想の解放と自由な言論がないことは言うまでもない。したがって、朝鮮には個人としての人生の生命がなく、全体としてもやはり人生の生命もない。ただ機械のように、ただ禽獣のように、あるいは奴隷のように、苦痛と呻きの中で九死に一生を得るような惨めな生活を送るだけである。それゆえ、安寧の保障はその民族の生命があってこその問題だ。生命の実在を蹂躙しながら安寧を保障するなど、詭弁である。いや、一種の欺瞞的な口実に過ぎない。
 
朝鮮の安寧を保障するという言葉は到底理解しがたい。また、歴代総督がこの方針の下、日本と朝鮮の融和および朝鮮の福利を図ると言うのは何を指すのか? (今はこの問題を避ける) しかし、融和とは同化を意味するものである。朝鮮の文化と道徳と言語と文字と精神の伝統を破壊し、また撲滅することによって、朝鮮民族を大和魂を持つ日本人として作り出そうとするものである。
 
その手段方法として、昔日二重警察制度に加え、警察行政官、警察裁判官、ひいては警察教育官、警察銀行家を設置し、日本語教育を強制した。しかし、その努力は意図したような成功を収めず、斎藤総督は新任に先立ち、前総督らの失策を日本のために政界または学者に極論し、各方面から攻撃した。斎藤総督は融和不可能を見抜き、この政策の改善に努めただけでなく、本誌創刊号に祝辞を送り、同化政策が無意味で不可能であることを論じた。したがって、今、斎藤総督が融和という大きな方針の下、その実現のために努力するということは理解しがたい処置である。
 
斎藤総督は徹頭徹尾、言行が一致しない人物だというのか。その部下が上官の言行が一致しないように翻弄しているのか。ところで、昼夜内政改善に努力するという「改善する内政」とは、一体どのような内政なのか。前総督らが行ったすべての武断政治の言論弾圧、人権蹂躙政治を改善するというのだから、過去の総督時代には朝鮮人の安寧保障は存在しなかったことを自白するものである。しかし、言行が一致しないことを再び暴露するのは、果たして改善なのか、それとも改悪なのか。改善するならばその実態があるはずであり、今回(講演団)解散が改善だというならば改善であろうから、改めて言うまでもない。
 
また、解散命令書には、講演団は平素修学する学術上の知識を披瀝すると申請し、必ず国法を守り国憲を尊重し、一心に文化宣伝に従事し、決して政治を論議し治安を蹂躙することがないと宣誓したので、総督府は喜んでその計画を容認したとある。容認は可である。しかし、講演団が各地を巡回し治安を蹂躙したことがあったか、なかったか。もしあったとすれば、その事実は必ず形式として現れ、治安法条文に対照して別途の処分があるべきであり、さらに寛容なき法律が当局の治安法擁護政策上明確な事実である。そのような処分がないので、そのような形式はないのである。この形式がないということで、各地の講演団の内容と行動は必ず治安蹂躙に抵触しないということを知る必要がある。
 
また、平素習得する学術上の知識を披瀝することを容認するというのであれば、彼らが平素に修学した政治、法律、経済、文学、歴史を各地の講演に実際に披瀝することを見る必要があるので、全く当初の宣言に反しない。ところが、これを反対すると言い出し、また京城では一層不穏な言辞を使用し治安を蹂躙することを非常に大きなことと見なし、ついに禁止したという。また、解散理由命令書には、各弁士の演説はすべて朝鮮の独立を内容とする反語または隠語を使用し、または例を他国から取って不穏思想を煽動することが甚だしいとある。
 
各地で講演した内容よりも、京城で講演したものが一層不穏な言辞を使用したという。したがって、他地の講演内容は治安を蹂躙せず、むしろ治安保障に役立ったということがあることを知る必要がある。なぜなら、一層不穏な言辞を使用するという京城の講演を見るに、その内容が非常に平穏で、言葉で平和を説き、また愛他を主張した。平和と愛他が治安を蹂躙するものであるとすれば、戦争と排他で治安を維持しなければならないであろう。当局はこれで治安を維持できると見ているのであろうか。
 
また、反語や隠語を使って風刺したり、他国の例を挙げて不穏な思想を扇動したりすると言われている。反語や隠語は何を指すのか。他国に例を挙げるというのは何を意味するのか。京城の弁士は帝大の法科出身なので、学んだのは法律、歴史、時代の思潮が胚胎した学術である。その学術を講演することを喜んで容認したと言えるのだから、歴史を語る上で他国から例を挙げてはいけないということがあるだろうか。時代の思潮を説くときに、どうして反語や隠語がないと言えるだろうか。
 
目下の時代思潮を直説すれば、実に当局の周章狼狽(周章狼狽:慌ててどうしていいか分からないこと)は形容しがたいだろう。しかし当局は、時代思潮に胚胎する学術を直説してしまえば、民族自決はどうなるのか、世界の労働問題はどのようなものなのか、労働党の弱小民族に対する態度は、この若い過激派の勢力はどのようなもので、その容認はどうだと直説しなかったと非難しているのか。
 
習得した学術講演を容認されたとはいえ、それを直説せず隠語や反語を使うのは、その弁士の用心がむしろ当局の用心よりもよく熟慮されていたことを知るべきなのに、かえってこれに反して今日禁止された理由とされる、繰り返しが多い当局の時代学術とは一体何を言っているのか、理解しがたい。(中略)
 
当局者たちよ、日本の学海を見よ。当局者たちが思量する学術時代はすでに過去となった。時代錯誤がなぜそれほどひどいのか。しかし、自称賢明な当局者たちがどうして時代の学術を知らないのか。ただ当局者たちは、斎藤総督の初志を無視し、その同化政策の無意味で不可能であるという主張を撤廃させ、二枚舌を使う好人物を作り出し、歴代総督の圧迫政策を復活させ、あの融和の実現を図ろうと熱中するあまり、時代の学術を曲解しているのだ。
 
悲しいかな、斎藤総督よ、当局者たちよ。その態度と政策を明確にし、偽善と虚偽の無差別一視同仁、善政徳政などの蛇の舌を弄して朝鮮人を欺瞞するなかれ。
 
隠すことよりよく現れるものはない。時と場所を問わず、当局の政策は露呈し、隠すことはできない。
 
 
※この記事は、1920年7月18日午後1時に開催された在東京朝鮮留学生学友会の団成社巡回講演団解散命令に対する東亜日報の論評である。学友会は簡単に言えば同窓会のような意味だが、植民地の宗主国に留学した在日留学生たちが集まって時局講演を主導したのは、命がけの冒険だった。記事は京城での講演という点だけが強調されているが、隠語や反語、他国の例が何であるかは説明されていない。約4千人が集まった集会を解散させると、東亜日報が記事で回顧した過去の二重警察制度、警察行政官、警察裁判官、警察教育官、警察銀行家の設置と強制的な日本語教育は何を、どのような時代を意味するのだろうか。1920年にも、かなり昔のこととして描写されている。その時代はいつ、どこで起こった行政制度だったのだろうか。植民地は領土を奪われても、奪われたとは言わないものだ。
 
そもそも朝鮮併合の根拠が東洋平和と朝鮮の安寧であるはずがない。朝鮮人個人あるいは全体に思想と言論の自由がなく、欺瞞的な政策で一貫し、それに動員された人員が時代を超えて今も命脈を保ち、幽霊のようにまとわりついている。記事は『中庸』に出てくる一節、「莫見乎隠、莫顕乎微、故君子慎其独也」を引用して歴史を語り直した。隠れたものよりよく現れるものはなく、微細なものよりはっきりするものはない。ゆえに君子は独りいる時を慎む、と。文字を書き、頭も使い、肉体的力も強大だった朝鮮人たちが、なぜ国を奪われたのか。隠喩と反語をなぜ他国に例えなければならなかったのか。よく隠したとされた歴史がはっきりと現れる日が来れば、故郷を後にした人々にとって人生はどのようなものだったのか、想像もできない裏切りの歴史が繰り広げられるだろう。
 
以下は東亜日報の記事の解説と翻訳である。
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長年海外に赴任し、蛍窓雪屋で旅食の艱難と異俗の冷徹さに耐え、枕元に頻繁に現れる故郷の夢に、孤火丁の耿耿たる微光で胸中の万種の愁いを慰め、故郷の父母兄弟─依閭の望みと鶺鴒の懐かしさで朝の食事時に徘徊し、東家の弔西隣嘆に腸が日々九回もねじれる思いがする。蒼天は広漠としており、空山は寂寂としている。猩猩の哀叫声に時々応えることが服界に歴然としているのを、あるいは情に訴え、あるいは理に哭し、黙祷と哀願で神明を叫び、書案に向かい、湧泉の冷涙を強く抑え、再びその学課を修読する。その時、生命の新たな興奮が新たな鋭気を起動し、遠く沈陰した暗黒に包まれた愛する故郷を振り返り、ただ胸中に秘めた光明の拡大にのみ熱中していた純粋で天真爛漫な学生たちが、美麗な愛情と清談な知性でその秘めたる光明を試し、故郷に文化の福音を宣伝し、暗黒の第一歩を打破しようと、学生の貧しい財源で旅費を賄い、短く限られた休暇期間に屈せず、待ち望む父母の膝元へ這い寄ろうとする切ない心情を制止し、門を過ぎても入らず、遠い旅の疲れを厭わず、棘の道、茨の道を毅然として登っていくのは、一体どのような他意があるのだろうか。ただ天意を体得し、世界の情勢を説き、その赤誠と白熱を尽くし、正義を武器とし、博愛を軍兵とし、朝鮮文化に、世界文化に貢献する第一歩として、やがて人道の大元を闡明しようとする古雅で素直な赤心の表れに他ならない。
 
(現代語訳:長年、海外で書物を背負って留学し、冷たい窓辺や雪に覆われた家で異郷の生活の苦しみを味わい、見知らぬ風俗の中で受ける冷淡な態度に耐えてきた。枕元で頻繁に起こる望郷の念のため、寂しい灯火がひっそりと照らす薄明かりの下で、胸に秘めたあらゆる愁いを慰めた。故郷の父母や兄弟が門に寄りかかって帰りを待つ心と、兄弟を慕うセキレイの心情を抱き、朝晩、心がさまよった。東の家の弔事と西の隣人の嘆き事を思いながら、毎日、腸が九度もねじれるように感じられ、青い空ははるか遠く、空しい山は寂寞としていた。猿の悲しい鳴き声のような悲痛な声を出し、時には感情に訴え、時には道理に頼って泣き、黙祷と哀願で神明を呼び叫んだ。そうしているうちに、机の前に座り、泉のように湧き出る冷たい涙を無理に抑え、再び学業を修め始めると、生命の新たな興奮が再び新たな鋭気を起こした。遠く沈鬱な暗闇の中に深く入り込んでいる愛する故郷を顧みながら、ただ胸の中に秘めていた光明を広げることだけに熱中していた純粋で天真爛漫な学生たちがいた。彼らは美しい愛情と清く淡々とした理性で、自分たちが秘めてきたその光明を試し、故郷に文化の福音を伝播して暗闇の最初の砦を打ち破ろうとした。そこで、貧しい学生たちの財源で旅費を調達した。短い休暇の日数を指折り数えて待ちながら、自分たちを焦がれるように待つ父母の膝元へ這うように急いで駆けつけたい切なる情を抑え、家の前を通り過ぎながらも入らなかった。また、遠い旅の疲れを厭わず、茨と刑罰に覆われた険しい道に毅然として旅立ったが、ここに何か別の意味があっただろうか。ただ天の意を悟り、世界の趨勢を明確に説明し、自分たちの熱い誠意と火のような情熱を尽くして、正義を武器とし、博愛を軍事として、朝鮮文化と世界文化に貢献する第一歩として、将来、人道の大きな源を明らかにしようとしただけである。これこそが、孤高で純粋な心から湧き出た真実の赤心の表れにすぎない。)
 
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それゆえ、その声や抱負が長江大海の巨流深波のように滔々として雄渾であり、たとえ人を驚かせるほどの名論卓説の一直連鎖ではないとしても、その誠は実に神明を感ずるほどの真赤な忠心である。そのような赤誠と真衷を、大旱に雲霓を渇望する朝鮮社会において、その一行の到るところで愛情が流露し、和気が融々としているのは、勢いの帰結であり、理の当然である。どうして人為でなしうることであろうか。実に天である。ところが、去る19日本紙に報道したように、同18日京城において、森厳で威粛な多数の警官の監視のもと、その一行は何の虚偽も仮飾もなく赤誠を吐露する中、ついに講演の中止と集会の解散を命じられただけでなく、同講演団は解散命令を受けて、予定していた各地方の巡回を余儀なくされた。我々はここにその解散の理由を論じるに、解散命令の理由書には、朝鮮の合併は東洋の平和を維持し、朝鮮の安寧を保障するために行われたものであり、歴代の総督は皆この方針のもと、日鮮融和および朝鮮人の福利を図り、特に斎藤総督は赴任以来、日夜内政の改善に努力し、この大方針の実現に尽瘁したとある。東洋の平和と朝鮮の安寧が朝鮮を合併することで維持されるというその根拠がどこにあるのか、事実上朝鮮に安寧があるのかは未知であるが、個人の生命はその肉塊が禽獣や機械のように存在することにあるのではなく、ただ思想の解放と F言論の自由によってその意思を表示し、動作を行うことにある。それゆえ、もし思想を抑制して解放せず、言論を圧迫して自由を奪えば、意思の表示も止まり、動作の実行も止まるであろう。動作も意思も休止したその肉塊に、何の人生の生命があると言えようか。
 
(現代語訳:それゆえ、彼らの言葉と抱負は、長江大河の巨大な水流と深い波のように堂々として雄大であった。たとえ八人が展開した言葉が、人を驚かせるような名論卓説が一筋に連なったものではなかったとしても、その誠意だけは、実に神をも感動させるほどの真摯で熱い忠誠心であった。そのような赤誠と情熱を、大干ばつの中で雲と虹を待ち望むように渇望していた朝鮮社会において、彼らの一行が訪れる場所ごとに愛情が溢れ、和やかな雰囲気が満ち溢れたのは、情勢上そうなるべくしてなった帰結であり、道理上当然のことであった。どうしてこれを人為的な力で作り出すことができようか。ところが、去る19日に本紙で報道したように、18日京城で厳重に配置された多数の警察官、すなわち鍾路警察署の警察の監視の下で、彼らの一行は少しの虚偽や偽りもなく自身の赤誠を吐露していた。そうしているうちに、ついに講演中止と集会解散を命じられただけでなく、その講演団自体が解散命令を受け、予定されていた各地方巡回までできなくなった。そこで私たちは、その講演団を解散させた理由を論じてみたい。解散命令の理由書には次のように述べられていた。「朝鮮の併合は、東洋の平和を維持し、朝鮮の安寧を保障するために行われたものであり、歴代総督は皆この方針の下、日鮮融和と朝鮮人の福利を図り、特に斎藤総督は赴任以来、昼夜を問わず内政の改善に努め、この大方針の実現に全力を尽くした。」しかし、東洋の平和と朝鮮の安寧が朝鮮を併合することによって維持されるというのであれば、その根拠は一体どこにあるのか。実際に朝鮮に「安寧」というものが存在しているのかどうかも分からないことである。ましてや個人の生命とは、その肉体の塊が禽獣や機械のように単に存在することにあるのではない。ただ思想の解放と言論の自由を通して自己の意思を表明し、自己の行動を実行できるところに人間生命の意味があるのだ。それゆえ、もし思想を抑制して解放させず、言論を圧迫して自由を奪うならば、その結果、自己の意思を表明することも止まり、行動することも止まるだろう。だとすれば、行動も止まり、意思も休止してしまったその肉体の塊に、一体何の人間生命があると言えようか。)

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このように、民族の生命もまた、その民族の意思が絶えず活動し、その活動が止まらない限りにおいて、初めてその民族の全体的な生命が存在するものであり、そうでなければ真の人類の生命を享受することはできない。朝鮮民族に思想の解放と、言論の自由がないことは、改めて言うまでもない。したがって、朝鮮人には個人としても全体としても思想の解放と、言論の自由がないため、個人としても人生の生命がなく、全体としてもまた人生の生命がなく、ただ機械のように、あるいは禽獣のように、あるいは奴隷のように、苦痛と呻きの中で九死に一生を得るような惨憺たる生活を送るばかりである。したがって、安寧の保障は、その民族が全体的または個人的に人生の生命を有しているかどうかの問題であろうか。その生命の実在を蹂躙しながら安寧の保障を云々するのは、怪変でもなく、一種の欺瞞的な口実に過ぎない。朝鮮の安寧を保障するという言葉は、到底我々の理解を求めるものではなく、また歴代の総督がこの方針のもと、日本と朝鮮の融和および朝鮮の福利を図ったというが、福利を図ったとは何を指すのかは本問題の範囲ではないので煩雑な議論はしないが、しかし融和とは同化を意味する。朝鮮の文化と道徳と、言語と文字と精神と伝統を破壊または撲滅し、これによって朝鮮民族をして大和魂を持つ日本人を作ろうとするものであり、その手段と方法として、昔日の二重警察制度に加えて、警察行政官と警察裁判官、さらには警察教育官、警察銀行家を設置し、日本語教育を強制したが、その努力は思うような成功を収めなかった。
 
(現代語訳:これと同様に、民族の生命もまた、その民族の意思が止まることなく活動が途切れないことによってはじめて、その民族全体の生命が存在すると言える。しかし、それが停滞してしまえば、真の人間らしい生命を持つことはできなくなるだろう。朝鮮民族に個人の解放と表現の自由がないことは、あえて他の民族と比較して言うまでもない事実である。したがって、朝鮮人に個人的にも全体的にも思想の解放と表現の自由がなければ、個人としても人間らしい生命がなく、民族全体としてもまた人間らしい生命がないことになる。そうなれば、ただ機械のようであり、すぐに禽獣のようであり、奴隷のように苦痛と呻きの中で死に生きる惨めな生活を続けるだけである。だとすれば、「安寧の保障」というものは、その民族が全体的にも個人的にも人間らしい生命を持っていることを前提とした上で初めて論じるべき問題である。その生命の実在を踏みにじりながら「安寧を保障する」などと口にするのは、単に奇妙に思える程度の事柄ではなく、一種の罪悪的な口実に過ぎない。したがって、「朝鮮の安寧を保障する」という言葉は、到底我々には理解できない言葉である。また、歴代の総督たちがこのような方針の下、日本と朝鮮の融和および朝鮮人の福利を図ったという。彼らが言う「福利を図った」ということが具体的に何を指すのかは、この問題の範囲を超えるためここでは論じない。しかし、彼らが言う融和とは、すなわち同化を意味する。つまり、朝鮮の文化と道徳、言語と文字、精神と伝統を破壊または撲滅し、朝鮮民族をして「大和魂を持つ日本人」にさせようとするものである。そして、そのための手段と方法として、過去の二重的な警察制度に加えて、警察が単に治安だけを担当するに留まらず、事実上行政官・裁判官の役割まで担わせ、さらには教育と金融の領域にまで警察的統制を及ぼさせた。また、日本語教育を強制した。しかし、そのような努力は思い通りに成功を収めることはなかった。 )
 
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そのため、斎藤総督が新任した際、前総督たちの失策を日本の為政者や学者を問わず各方面から攻撃し、斎藤総督も融和の不可能性を見抜き、その政策の改善に努めるだけでなく、本誌創刊号に祝辞を送り、同化政策の無意味さと不可能性を論じた。それなのに、今、斎藤総督が融和という大方針の実現に努めるとは理解できない。斎藤総督は徹頭徹尾、言行不一致の人物なのか。それとも、部下が上官をして言行を一致させないように弄んでいるのか。そして、日夜内政の改善に努めると言うが、その改善する内政とはどのような内政なのか。かつて前総督たちの武断政治で言論を弾圧し、人権を蹂躙していたその政治を改善すると言うのだから、過去の総督時代に朝鮮人が総督政治によって安寧の保障がなかったことを自白するものである。しかし、言行不一致を再び暴露するが、果たして改善なのか、それとも抑圧的な改悪なのか。改善であれば改善の実があるはずなのに、今回の講演団の解散とは。もしその講演団解散をもって改善というのであれば、その改善は理解できる改善であり、改めて言葉を費やす必要があろうか。また、講演団は平素に修得した学術上の知識を披瀝することを申請し、必ず国法を守り、国憲に準じて一意に文化の宣伝に従事し、決して政治を論じたり治安を乱したりすることがないことを誓ったので、総督府は喜んでその計画を容認したというが、容認は良い。しかし、講演団が各自で巡回して治安を乱したという事実があったのか、なかったのか。もしあったのであれば、その事実は果たして形式的に暴露され、治安法の条文に照らして特別な処分があったはずである。寛容のない法律に、ましてや当局の治安法擁護政策によって、それは明確な事実である。
 
(現代語訳:それゆえ、斎藤総督が新たに赴任した際には、前任総督たちの誤った政策に対して、日本の政治家や学者を問わず、様々な方面から批判が加えられた。斎藤総督自身も融和政策が実現不可能であることを見抜き、その政策を改善することに尽力しただけでなく、本誌創刊号に祝辞を送り、同化政策は無意味であり、また実現不可能であるという趣旨まで論じた。ところが、今になって斎藤総督が再び「融和」という大方針の実現に努力すると言うのだから、これは到底理解できないことである。斎藤総督は最初から最後まで言行不一致の人物なのか?それとも彼の部下たちが上官をして言行不一致となるように弄んでいるのか?そしてまた、昼夜を問わず内政の改善に努力すると言うが、彼らが言う「改善された内政」とは一体どのような内政なのか?結局、これは前任総督たちが武断政治で言論を圧迫し、人権を蹂躙していたまさにその政治を改善するという意味である。だとすれば、過去の総督時代に朝鮮人が総督政治の下で安寧を保障されなかったという事実を自ら認めることになる。しかし、実際の内容はその言葉と一致しないだけでなく、むしろその矛盾を再び露呈している。果たしてこれが改善なのか、それともかえって改悪なのか?真に改善であるならば、その改善の実際があるはずだが、今回の講演団の解散がまさにその「改善」という言葉なのか?もし講演団を解散させたことが改善であるならば、そのような改善はむしろ「完全な改善」と呼んでもよいということなのか。だとすれば、再び何を付け加える必要があるだろうか。また、講演団は普段学んだ学術上の知識を披露すると申請し、必ず国法を守り、国憲に従い、ひたすら文化の宣伝に従事し、決して政治を論じたり治安を乱したりするようなことはしないと誓った。それゆえ、総督府はこれを喜んで受け入れ、その計画を許可したという。だとすれば、許可したこと自体は正しい。講演団は当初、政治扇動や治安攪乱をしないと明確に誓約しており、ところが講演団が各地を巡回して実際に治安を乱したことが一度でもあったのか、なかったのか。もしそのようなことがあったとすれば、その事実は当然一定の法的形式に従って処罰されたはずであり、治安法の条文に照らして別途の処分があったことは疑いの余地がない。ましてや当局が治安法を厳格に守ると自称しているのだから、これはさらに明白な事実である。)
 
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しかし、そのような処分が無であるからその形式も無であり、その形式が無であるから各地で講演団が講演した内容や行動が少しも治安紊乱に触れていないことは明らかである。
修得した学術上の知識を披瀝することを容認したというが、彼らが平素修得した学術とは何か。政治、法律、経済、文学、歴史などである。各地で講演した実際を見ると、全く当初の宣誓に反しており、また京城では一層不穏な言辞を用いて治安を紊乱することが頻繁であるため、ついに禁止したという。また、各弁士の演説は悉く朝鮮の独立を内容とし、反語または隠語を用い、あるいは風刺し、あるいは例を他邦に取って不穏思想を扇動することが実に甚だしいという。各地で講演したものよりも京城で講演したものが一層不穏な言辞を用いたというのである。故に、他地で講演した内容が治安を紊乱せず、かえって治安の保障に益となることは明らかである。なぜか。一層不穏な言辞を用いたという京城講演を見ると、その内容は極めて平穏な中に言葉言葉に平和を説き、また愛他を説いている。平和と愛他が治安を紊乱するのか。もし当局が排他であり、戦争であるとすれば、この排他と戦争で治安を保つとするならば、愛他と平和は当局と正反対であるから、もちろん治安の紊乱となるであろう。
 
(現代語訳: しかし、実際にはそのような処分はなかった。とすれば、処罰に値する具体的な形式や事実がなかったということになる。そして、そのような形式がなかったということは、各地方で講演団が行った講演内容や行動が、少しも治安紊乱に抵触しなかったことを示している。また、当局は学生たちが普段習得した学術上の知識を披露することは許容したという。とすれば、彼らが普段習得した学問とは何だったのか。政治であり、法律であり、経済であり、文学であり、歴史などである。しかし、当局は各地方で実際に行われた講演を見ると、それが当初の誓約と全く異なっており、また京城ではさらに不穏な言葉を使って治安を紊乱させた程度がかなり大きかったため、ついに講演を禁止したという。また、解散命令理由書はこう述べている。「各演説者の演説はすべて朝鮮の独立をその内容とし、反語または隠語を使用し、時には風刺し、時には他国の事例を引用して不穏思想を扇動する程度が実に甚だしい。」とすれば、当局の説明によれば、各地方で行われた講演よりも京城で行われた講演の方が、さらに不穏な言辞を使用したということになる。とすれば、逆に考えると、他の地方で行われた講演の内容は、治安を紊乱させなかっただけでなく、むしろ治安を保障するのに役立つものであったという事実がわかる。なぜそうなのか。当局がさらに不穏な言葉を使用したと指摘したまさにその京城講演を調べてみると、その内容は極めて平穏な中で行われ、また他人を愛せよという意味を語っていた。とすれば、平和と愛他、すなわち他人を愛そうとすることが治安を紊乱させることなのか。もし当局が排他と戦争をその原則とし、排他と戦争で治安を維持しようとするならば、愛他と平和は当局の立場と正反対になるので、そのような論理の下ではもちろんそれが「治安紊乱」になるだろう。)
 
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それならば、当局は排他と戦争で治安を維持するのか。そうして、反語や隠語を用いて、あるいは風刺し、あるいは他方の例を引いて不穏な思想を扇動することが甚だしいというが、反語と隠語は何を指し、他方の例を引くとは何を意味するのか。京城で講演した弁士は帝大の法科出身であり、その学んだことは法律、歴史であり、時代の思潮によって培われた学術である。その学術で講演することを喜んで容認したというが、歴史を語る時にどうして他方の例を引いてはならないのか、時代の思潮を述べる時にどうして反語や隠語がないと言えようか。現在の時代の思潮をもし直説すれば、実に当局の周章狼狽は形容できないであろう。
 
しかし、当局は時代の思潮によって培われた学術を直説して、民族自決はいかがか、世界労働問題はいかがか、また労働党の弱小民族に対する態度はこのようであるから、過激派の勢力はいかがか、その内容はいかがか、と直説しないことを責めるのか。修得した学術で講演することを容認したが、その修得したことを直説せず、隠語または反語を用いるのは、その弁士の用心が、当局の用心よりも以上に熟考していることがよくわかるのに、かえってこれを禁止して、最初の容認という趣旨に反する行動をとるのだから、その繰り返しが常ないのはともかく、当局の時代学術は何を意味するのか、知る由もない。専制君主の武断圧迫で人民の自由と権利を容認なく剥奪した騎士的封建時代の学術を意味するのか。当局の諸君よ、日本の学海を観よ。諸君が思量する学術時代はすでに過去である。時代の遅晩がどうしてこれほど甚だしいのか。しかし、自称賢明な諸君がどうして時代の学術を知らないであろうか。ただ諸君は初志を無視し、斎藤総督に同化政策の無意味、不可能という主張を撤廃させ、二枚舌を使う良い人物を作り、歴代総督の圧迫政治を復活させ、その融和の実現を図ろうとすることに熱中することで、ついに時代の学術を曲解するのだろう。
 
悲しい。斎藤総督よ。当局諸公よ、その態度と政策を明白にし、偽善と虚偽で無差別だとか、一視同仁だとか、善政徳政だとかいう蛇の舌を弄して朝鮮人を欺いてはならない。莫見乎隠であり、莫顕乎微であるのに、況や無時暴露し、無処不現する当局の政策をどうして隠し通せようか。
 
 
(現代語:だとすれば、当局は排他と戦争をもって治安を保つというのか。つまり、まさか総督府が排他と戦争を好み、平和と博愛を不穏だとしているわけではあるまい。そして当局は、学生たちが反語や隠語を使い、時には風刺し、時には他国の事例を引用して不穏思想を扇動する度合いがひどいと言う。しかし、彼らが言う反語や隠語とは一体何を指すのか、他国の事例を挙げるというのはまた何を意味するのか。京城で講演した演説者は帝国大学法科出身である。彼が学んだ学問は法律と歴史であり、またその時代の思潮の中で生まれた学問である。そのような学問をもって講演し、また斎藤総督の許可のもと講演したのに、どうして反語や隠語が全くないと言えようか。ましてや、今この時代の思潮をもしありのまま直接言えば、当局が当惑し、慌てふためく様は言葉では言い表せないだろう。それにもかかわらず、当局は時代思潮の中で培われた学問を直接語り、「民族自決はどうなのか、世界の労働問題はどうなのか、また労働党が弱小民族に対して取る態度はこうであり、過激派の勢力はどうで、その内容はどうか」というように露骨に言わなかったことを、むしろ褒めるべきではないだろうか。
 
当局は、学生たちが普段習得した学問をもって講演することを許可した。しかし、その学んだことを直接言わず、隠語や反語を使ったのは、演者がむしろ当局の立場を当局自身よりも深く考え、慎重であったことを示している。それなのに、これを禁止し、当初は許可するとした趣旨と正反対の行動を取るのは、そのように態度が二転三転する理由は何なのか。一体、当局が言う「時代の学術」とは何を指すのか分からない。もしかして、専制君主の武断的な圧迫で人民の自由と権利を認めず奪っていた封建時代の学問を言っているのか。当局者たちよ、今日の日本の学界を見よ。あなたたちが考えるそのような学問の時代はすでに過ぎ去った。時代遅れがどうしてそれほどひどいのか。しかし、自ら賢明だと称するあなたたちが、どうして今日の時代の学問を知らないのか。結局、あなたたちは当初の意図を無視し、斎藤総督が「同化政策は無意味で実現不可能だ」と言った自身の主張を撤回させ、二枚舌を使う奇妙な人物に仕立て上げている。また、歴代総督たちの圧迫政策を復活させ、いわゆる「融和」を実現しようと熱中したあまり、ついに今日の学問と時代思潮まで曲解している。
 
斎藤総督よ、当局者たちよ。あなたたちの態度と政策を明確にせよ。偽善と虚偽で無差別だとか、一視同仁だとか、善政徳治だとかいう言葉を蛇の舌のように弄して朝鮮人を欺瞞するな。
 
どんなに隠したことでも結局は露見し、どんなに些細なことでも結局は明らかになるものなのに、ましてや時を選ばず暴露され、至る所で明らかになる当局の政策をどうして隠し通せるだろうか。

댓글
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sarang2948
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당시 총독부가 내세운 ‘조선의 안녕과 동양의 평화’라는 말이 얼마나 공허한 논리였는지 글을 통해 선명하게 드러납니다. 언론과 사상의 자유를 억압하면서 평화를 말한다는 것 자체가 모순이라는 지적이 특히 인상적입니다.
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mama
7
1920년이라는 시점에 학생들의 학술 강연조차 ‘불온’하다는 이유로 해산시켰다는 사실이 당시 식민통치의 본질을 잘 보여주는 것 같습니다. 정치적 구호가 아니라 법률·역사·경제·문학 같은 학문을 말하는 것조차 통제의 대상이 될 수 있었다는 점이 중요합니다.
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moonlight
6
‘융화’와 ‘동화’의 차이를 따져 묻는 대목이 매우 날카롭습니다. 서로 다른 문화와 언어를 존중하는 융화가 아니라 조선의 문화와 정신을 없애 일본인으로 만들려는 동화라면, 그것을 복리나 선정을 위한 정책이라고 포장하기는 어려웠을 것입니다.
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magma
5
더 생각하게 되는 부분은 학생들이 왜 반어와 은어를 사용할 수밖에 없었느냐는 점입니다. 자유롭게 말할 수 있는 사회라면 학문과 시대사조를 직설적으로 논하면 되지만, 그것이 위험한 상황에서는 우회적인 표현이 저항의 언어가 될 수밖에 없었을 것입니다.
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안동댁
5
100여 년 전 신문이 ‘안녕’보다 먼저 필요한 것이 인간의 생명과 사상의 자유라고 주장했다는 사실이 깊이 남습니다. 역사는 거창한 사건만으로 기록되는 것이 아니라 누군가가 말할 수 있었는지, 말하려는 사람의 목소리를 누가 막았는지에서도 드러납니다. 마지막의 ‘숨은 것은 결국 드러난다’는 메시지가 글 전체를 관통합니다.
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woo
5
식민지 지배의 언어가 참 교묘했다는 생각이 듭니다. ‘복리’, ‘안녕’, ‘융화’, ‘선정’처럼 누구나 긍정적으로 받아들일 만한 단어를 앞세우면서 실제로는 언론과 사상을 통제하는 방식입니다. 그래서 당시 신문이 그 말의 내용과 현실을 하나씩 따져 물었던 것 같습니다.
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백현이
4
학생들의 강연을 단순한 정치적 선동으로만 볼 수 없는 이유가 글에 잘 나타나 있습니다. 정치·법률·경제·문학·역사 등 자신들이 공부한 내용을 사회와 나누려 했다는 점에서, 당시의 강연은 지식인들이 시대를 해석하고 사회와 소통하려는 행위이기도 했다는 생각이 듭니다.
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Jincheon
4
이 글에서 가장 무서운 대목은 ‘치안’이라는 명분이 무엇이든 금지할 수 있는 논리로 변하는 과정입니다. 실제로 치안을 어지럽힌 구체적인 행위가 있었는지 따져보지도 않고 강연 자체를 문제 삼는다면, 법과 질서라는 이름이 오히려 자유를 억압하는 도구가 될 수 있다는 지적이 설득력 있게 다가옵니다.
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piccolo
4
작가가 이 글을 통해 단순히 1920년의 언론탄압을 소개하려는 것만은 아닌 것 같습니다. 당시 총독부가 내세운 ‘안녕·융화·선정’이라는 공식 언어와 실제로 벌어진 강연 해산·언론 통제를 나란히 놓음으로써, 식민지배가 어떤 언어로 자신을 정당화했는지를 독자에게 되묻게 하려는 의도가 읽힙니다.
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이진석
4
특히 마지막에 ‘숨겨진 것은 결국 드러난다’는 중용의 구절을 끌어온 것이 작가의 역사 서술 의도를 보여주는 것 같습니다. 단순히 과거의 억압을 고발하는 데 그치지 않고, 당시 사람들이 왜 직접 말하지 못하고 은어와 반어를 사용해야 했는지, 그리고 그런 시대의 흔적이 어떻게 후대에 드러나는지를 보여주려 한 듯합니다.
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nayana
3
‘평화와 애타가 어떻게 치안 문란이 될 수 있는가’라는 반문이 오래 남습니다. 지배 권력이 말하는 질서와 시민이 생각하는 평화가 서로 다를 수 있다는 사실을 아주 간결하게 보여주는 대목입니다.
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박진주
2
100년 전 신문의 문장을 오늘 읽으면서도 낯설지 않다는 것이 오히려 씁쓸합니다. 권력은 자신에게 불편한 목소리를 ‘불온’이나 ‘질서 훼손’이라는 말로 규정하기 쉽고, 그래서 역사를 읽을 때는 정책의 이름보다 실제로 무엇을 허용하고 무엇을 금지했는지를 살펴봐야 한다는 생각이 듭니다.
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