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Corea든 Korea든, 품격은 이름보다 먼저다
Whatever the name—Corea or Korea—dignity comes first.
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bunny365
脱亜論、日本は果たしてアジアを脱したのか
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2025. 09. 11
1984年に初めて発行され始め、実に40年間、日本の紙幣の最高額面である1万円札に描かれた人物、福澤諭吉(1835年~1901年)は、近代日本の知識人の象徴の一人であり、韓国では主に西洋近代哲学や教育学など形而上学において多く研究される近代人物である。
しかし、彼の肖像が日本の紙幣に選ばれた理由の中に、美学的な側面で彼が美男子であったという点が必ず登場することを知る人は多くない。日本人の開化思想の最も根底に国際化された日本人の美の基準があり、意外にも単純なこの外見的な美男美女への賛嘆が、近代日本人の思考の基底にある西洋化の幻想であったという事実は、近代を見るアジア人として一つの視点となり得る。
そのような意味で、彼が書いたとされる「脱亜論」、すなわちアジアを脱した日本、そして日本人を目指した記事を通じて、現代韓国人の日本に対する感想にいくつかの示唆を提案したい。まず、「脱亜論」は1885年3月16日付の新聞「時事新報」に掲載された記事で、元々は誰が書いたのか署名がなかった。1933年、福澤の死後30年以上が経過した時点で、石河幹明(1859年~1943年)当時の時事新報主筆が編集した「福澤全集続編」第2巻にこの脱亜論が収録されたため、それ以来、脱亜論は福澤が執筆したものと見なされるようになった。
福沢は、西洋の改革開放要求に同調した大多数の日本人知識人と同じく、ヨーロッパとアメリカを精力的に訪れ、1868年には既存の西洋学問研究所である蘭学を慶應義塾に転換し、今日の慶應大学の前身を築いた人物として名を残した。慶應は明治という元号の直前の元号で、1865年から明治維新が始まった1868年までの期間であり、アジア文明の簒奪と伝統の破壊が続いていた時期、逆に言えば新しい変化が起こる革命の時代を象徴している。その破壊と創造の膠着点に、この福沢が慶應大学を創設し、さらに1882年には脱亜論の原稿を掲載した時事新報という新聞まで誕生させ、巨大な言論権力と教育、思想、そして日本を成長させた力を持つ、さらに端正なイメージで国際社会に誇らしい日本人像を付け加えた。
しかし、時事新報創刊の背景にある近代日本政治の根幹となる国会開設と大衆世論形成のための御用新聞の必要性を自然に説明しようとする意図は、福沢一人で近代性を独占するには無理がある設定に見える。1880年前後の初期政治家の失脚と、それに続いて登場する新人物の台頭の中で、福沢がどのように政治的に生き残り、後世に教育または思想の面で日本近代を代表するようになったのか、政治的な局面を排除したイメージだけで脱亜論の隠された意味をすべて読み解くことはできない。その後起こる国際情勢の流れから見ると、明治維新よりも早く福沢が西洋教育機関を創設し、広報用新聞を創刊したという象徴性は、現代の韓国人が全く知らない、目まぐるしく変化していた世界史の展開が少数の人物に集中して記述された不自然さを隠すことはできない。
戦後の日本の歴史学者である平山洋(1961年~)は、敗戦以前に脱亜論に言及した文献は発見されておらず、その最初の文献は1951年11月に歴史学者の遠山茂樹(1914年~2011年)が発表した「日清戦争と福沢諭吉」であると分析した。したがって、脱亜論が一般に知られ有名になったのは、さらに遅い1960年代後半である。
この言葉の意味は、戦後の日本が政治的・社会的な団結と対外的な「顔」のために、福沢諭吉という人物のイメージを借りて、過去の植民地帝国日本のイメージを美化しようとする思惑を、経済が成長していた時期に膨らませたと解釈できる。日本の戦後経済発展の原動力が、朝鮮半島の分断戦争を固定化した朝鮮戦争とベトナム戦争の軍需産業発展にあることを知らない日本の戦争世代はいない。韓国の腰が折れ、韓国人の参戦によって数多くの殺傷が行われたおかげで、日本が敗戦後も裕福になったという事実を知らない日本の戦争世代はいないということだ。
だからといって、この事実を韓国人の前で公然と語る日本の高齢者も多くはない。「誰かが死んでこそ私が生きる」という現代史の展開は、「人種」や「民族」を口にしないように訓練されてきたおかげである。殺傷とジェノサイドは明確に行われたのに、教育と学問はその言葉を阻むメカニズムとして使われてきた。人類の矛盾であり限界だ。400字詰め原稿用紙約6枚分の脱亜論の内容は、さらに矛盾している。日本がアジアを脱するか否かを論じながら、記事内容の骨子は朝鮮が滅びるべきだという主張である。知られているように福沢が書いたとすれば、西洋文明の伝播は麻疹の流行と同じだと主張し、これを防ぐのではなく、「西洋化の蔓延を助け、国民が早くその気風に浸ることが重要である」と主張する。
その点で日本は「西洋文明化を受け入れ、独り日本の旧習から脱却しただけでなく、アジア全体で新たに一つの軸となり、アジア的価値観から脱却した。すなわち脱亜を達成した唯一の国」と自画自賛した。しかし、この記事は1885年の新聞に掲載されたものであるため、脱亜を完全に達成したと見るには物理的・時期的な限界がある。なぜこのような直接的で強い表現が可能だったのかを考える必要がある。時事新報は当時東京で発行された新聞の一つであり、全国的な範囲で見ると、大阪と東京で全く異なる名前の新聞が発行されていた当時の特性上、日本の統合または脱アジアを論じるには時期尚早な感があるが、むしろ逆に考えることができる両面性がある。
また、清と朝鮮が隣接しているのは不幸なことであり、両国が近代化を拒否し、儒教など旧態依然とした体制にばかり汲々としているのは、西勢東漸の風潮上、独立を維持することは困難であり、今から数年内に滅亡し、分割されるだろうと予測した。そして甲申政変を高く評価する。しかし、日本史叙述の特徴の一つは、日本の酷評は韓民族の自主的な行為と解釈すればよく、日本の好評は事実と異なる、または事実に反する戦略的な評価と解釈すれば事実に近いだろうという特徴がある。もちろん、これは極めて主観的な評価基準である。本来、植民地支配を受けた民族の子孫として、加害者の記録に順応することは、学問的精神に反する歴史観の誤りであるが、大勢の史観であることは避けられない現実である。この誤った現実を打破するために、日本史家が叙述したのと反対に解釈することは、この脱亜論を読む一つの要領であると考える。
脱亜論
世界の交通路は便利になり、西洋文明の風は東に向かい、行く先々で草木がこの風になびかないところはない。西洋の人物は昔も今も大差ないが、その活動が昔は緩慢で今は活発なのは、ただ交通機関を利用して勢いに乗るからである。そこで最近、東洋に国がある民族のために考えると、この文明が東へ進んでくる勢いに抵抗し、これを食い止める覚悟ならばそれも良い。しかし、世の中の変化に合わせて共に文明の海に浮き沈み、文明の波に乗って、文明の苦楽を共にする以外に方法はない。文明というものは、まるで麻疹や水痘の流行のようなものである。現在、東京の麻疹は西方の長崎地方から東へ進み、春の暖かさとともに次第に蔓延するのと似ている。この時、流行病の害を憎み、これを防ごうとしても、果たしてその手段があるだろうか?筆者はその手段は断じてないと保証する。有害な一方の流行病でさえ、その勢いには抵抗できない。ましてや利益と害悪が共存し、常に利益が多い文明はなおさらである。これを防がないだけでなく、努めてその普及を助け、国民を早くその気風に染めさせるのが知識人の課題である。
近代西洋文明が我が日本に入ってきたのは、嘉永の開国を端緒とする。国民は初めてこれを採用すべきことを知り、次第に活発な気風が生まれたが、進歩の道に横たわる老廃物である幕府というものがあり、これをどうすることもできなかった。幕府を保存しようとすれば、文明は決して入ってくることはできない。なぜなら、近代文明は日本の旧体制と両立せず、旧体制を改革すれば、同時に幕府も滅亡してしまうからである。かといって、文明を遮りその侵入を防ごうとすれば、日本国の独立は維持できなかった。なぜなら、世界文明の騒がしい情勢は、東洋の孤島の眠りを許さなかったからである。ここに、我が日本国の有志は、国を重んじ、幕府を軽んじる大義に基づき、また幸いにも神聖なる皇室の尊厳に力を得て、断固として旧幕府を打ち倒し、新政府を樹立した。政府も民間も区別なく、国全体が一体となって、万事、西洋近代文明を採用し、ただ日本の旧法を改革しただけではない。アジア全域の中で、一つの新しい機軸を確立し、主義とするのはただ脱亜の二文字にあるのみである。
我が日本国の国土はアジアの東端に位置するが、国民の精神はすでにアジアの旧習を脱し、西洋の文明へと移りつつある。しかしここに不幸なのは、隣国があり、その一つは支那といい、一つは朝鮮という。この両国の人民も古くからアジア風の政治・宗教・風俗に育まれてきたのは、我が日本国民と異ならない。しかし人種の由来が特別なものなのか、あるいは同じ政治・宗教・風俗の中にありながら、遺伝された教育に違いがあるためなのか、日本・支那・韓国の三国を並べてみれば、日本に比べれば支那・韓国ははるかに似通っている。この両国の人々は、自身の身上についても、また自身の国についても、改革や進歩の道を知らない。交通が便利な世の中では、文明の事物を見て聞かないはずはないが、耳と目の見聞は心を動かすことができず、その古い習慣に固執する様は、百千年前と変わらない。現在、文明が日々新しくなる活劇の場に、教育を論ずれば儒教主義といい、学校で教えるべきは仁義礼智といい、最初から最後まで外見の虚飾にのみ執着し、実際には真理や原則を弁別することを知らない。それだけでなく、道徳までも地を掃うように消え去り、残虐非道さが極に達し、かえって傲慢に自省の念すら持たないようだ。筆者がこの両国を見ると、今の文明東進の情勢の中では、到底独立を維持する道はない。幸いにも国内に志士が現れ、国の開明進歩の始まりとして、我々の明治維新のような政府の大改革を企て、政治を改めると同時に人心を一新する活動があれば、それはまた別の問題である。もしそうならない場合、今から数年経たずに亡国となり、その国土は世界の文明帝国に分割されるであろうことには、一点の疑いもない。なぜなら、はしかのような文明開化の流行に遭遇しながら、支那・韓国の両国は伝染の自然法則に背を向け、無理にこれを避けようと室内に閉じこもり、空気の流通を遮断して、窒息しているからである。「輔車唇歯」は隣国が互いに助け合うという比喩であるが、今の支那朝鮮は我が日本にとって髪の毛一本ほどの助けにもならない。それだけでなく、西洋文明人の目から見れば、三国が地理的に近接しているため、時には三国を同一視し、支那・韓国の評価で、我が日本を判断することもある。例えば、支那、朝鮮の政府が以前のように専制的で、法律は信頼できないとすれば、西洋人は、日本もまた無法律の国かと疑うであろう。支那、朝鮮人が迷信に深く陥り、科学の何たるかを知らないとすれば、西洋学者は日本もまた陰陽五行の国かと考えるであろう。支那人が卑屈で恥を知らないとすれば、日本人の義侠もその影に隠れて埋もれ、朝鮮国に残酷な刑罰があるとすれば、日本人もまた無情だと推量されるであろう。事例を数えれば、数えきれない。例えるなら、軒を並べた村や町の人々が、愚かで無法であり、その上残忍で無情である時、偶然にもその村の中の、ある家の人が正当に行動しようと注意しても、他人の悪行に隠れて埋もれるのと同じである。その影響が現実となって現れ、間接的に我が国の外交上の障害となっていることは、実に少なくなく、我が日本国の大きな不幸と言わなければならないであろう。
それゆえ、現在の戦略を考えると、我が国は隣国の改名を待ち、共にアジアを発展させる余裕はない。むしろ、その群れから抜け出し、西洋の文明国と共に進み、その支那、朝鮮に接する方法も、隣国だからといって特別に配慮する必要はなく、まさに西洋人がこれに接するように処置すべきである。悪い友人と親しくする者も、また悪名を免れない。筆者は心の中で、東アジアの悪い友人を辞退するものである。
脱亜論(昭和版 『続福澤全集』 収録版)
世界交通の道便にして西洋文明の風東に漸し到る處草も木も此風に靡かざるはなし蓋し西洋の人物古今に大に異るに非ずと雖ども其擧動の古に遲鈍にして今に活潑なるは唯交通の利器を利用して勢に乘ずるが故のみ故に方今東洋に國するものゝ爲に謀るに此文明東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども苟も世界中の現狀を視察して事實に不可なるを知らん者は世と推し移りて共に文明の海に浮沈し共に文明の波を揚げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり文明は猶麻疹の流行の如し目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して春暖と共に次第に蔓延する者の如し此時に當り此流行病の害を惡で此を防がんとするも果して其手段ある可きや我輩斷じて其術なきを證す有害一偏の流行病にても尙且其勢には激す可らず況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや啻に之を防がざるのみならず力めて其蔓延を助け國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として國民漸く其採る可きを知り漸次に活潑の氣風を催ふしたれども進步の道に橫はるに古風老大の政府なるものありて之を如何ともす可らず政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして舊套を脫すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり、然ば則ち文明を防で其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き又幸に帝室の神聖尊嚴に依賴して斷じて舊政府を倒して新政府を立て國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り獨り日本の舊套を脫したるのみならず亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し主義とする所は唯脫亞の二字に在るのみ
我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脫して西洋の文明に移りたり然るに爰に不幸なるは近隣に國あり一を支那と云ひ一を朝鮮と云ふ此二國の人民も古來亞細亞流の政敎風俗に養はるゝこと我日本國民に異ならずと雖ども其人種の由來を殊にするか但しは同樣の政敎風俗中に居ながらも遺傳敎育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國相對し支と韓と相似るの狀は支韓の日に於けるよりも近くして此二國の者共は一身に就き又一國に關して改進の道を知らず交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして其古風舊慣に戀々するの情は百千年の古に異ならず此文明日新の活劇場に敎育の事を論ずれば儒敎主義と云ひ學校の敎旨は仁義禮智と稱し一より十に至るまで外見の虛飾のみを事として其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか道德さへ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め尙傲然として自省の念なき者の如し我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し迚も其獨立を維持するの道ある可らず幸にして其國中に志士の出現して先づ國事開進の手始めとして大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども若しも然らざるに於ては今より數年を出でずして亡國と爲り其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あるなし如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら支韓兩國は其傳染の天然に背き無理に之を避けんとして一室內に閉居し空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり輔車唇齒とは隣國相助くるの喩なれども今の支那朝鮮は我日本國のために一毫の援助と爲らざるのみならず西洋文明人の眼を以てすれば三國の地利相接するが爲に時に或は之を同一視し支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず例へば支那朝鮮の政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、支那人が卑屈にして恥を知らざれば日本人の義俠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの慘酷なるあれば日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き是等の事例を計れば枚擧に遑あらず之を喩へば比隣軒を並べたる一村一町內の者共が愚にして無法にして然かも殘忍無情なるときは稀に其町村內の一家人が正當の人事に注意するも他の醜に掩はれて堙沒するものに異ならず其影響の事實に現はれて間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず我日本國の一大不幸と云ふ可し左れば今日の謀を爲すに我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず寧ろ其伍を脫して西洋の文明國と進退を共にし其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ惡友を親しむ者は共に惡名を免かる可らず我れは心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり(明治十八年三月十六日)
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byoungkook
6
역시 탈아론은 일본 제국주의의 사상적 뿌리를 보여주는 대표적인 글이네요. 조선을 문명화해야 한다는 논리는 결국 침략의 정당화였던 셈이죠.
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hyuksoo
9
흥미로운 건 후쿠자와 본인이 직접 썼는지조차 불확실하다는 점입니다. 결국 ‘전후 일본’이 필요해서 후쿠자와의 이름을 붙이고 과장한 것일지도 모르겠네요.
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papaHAN
7
문명개화를 전염병에 비유한 건 참 기묘합니다. 시대착오적일 수 있지만 당시로서는 서양화가 ‘피할 수 없는 운명’이라고 본 거겠죠.
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李秀
8
탈아론을 보면 일본이 조선을 ‘발전이 불가능한 나라’로 규정하고 손절하는 듯하지만, 실제로는 침략하기 위해 그렇게 규정한 거죠. 냉정하게 계산된 담론입니다.
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puma
4
일본 근대화에 대해 많은 것을 알게 되었네요. ^^
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Montmartre
8
지금 와서 보면 ‘조선이 근대화를 못해서 망했다’라는 자기 합리화 프레임의 원형 같네요. 패자의 기록을 그대로 받아들이면 안 된다는 지적에 공감합니다.
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expressK
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청과 조선을 무능하고 낡은 나라로 묘사하면서, 일본을 서양과 나란히 세우려는 정치적 선전물 그 이상도 이하도 아닌 듯합니다.
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monalisa
7
후쿠자와가 만든 게이오 대학이나 시사신보 같은 기관들이 일본 근대화를 상징한다는 점은 인정해야겠지만, 그 기반이 아시아 멸시 위에 세워졌다는 건 부정할 수 없네요.
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호동왕자
6
읽다 보니 결국 이 논리 구조는 지금도 일본 우익 담론에 그대로 살아있다는 생각이 듭니다. 한국과 중국을 ‘민주주의가 안 되는 나라’로 비하하면서 자기 우월을 주장하는 모습 말이죠.
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Poseidon
3
전후 일본이 탈아론을 다시 끄집어내서 ‘일본은 아시아와 다르다’는 이미지를 부각시킨 맥락이 흥미롭습니다. 경제 성장기의 자기 정당화였군요.
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최유미
3
일본은 서양인과의 혼혈로 민족 세탁을 하고 싶어했어요. 나치가 독일청년과 북유럽 여성 사이에 혼혈로 금발의 파란 눈의 민족 세탁을 하고 싶어한 것처럼요.
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