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Corea든 Korea든, 품격은 이름보다 먼저다
Whatever the name—Corea or Korea—dignity comes first.
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1800年代の人物 (8) 崔益鉉(チェ・イクヒョン), 1833(純祖 33)~1907(光武11)

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2025. 06. 19


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対馬に流刑中のチェ・イクヒョン(写真 韓国民族文化大百科事典)
 
世の中には大きな陰謀と小さな陰謀があるが、大多数の人類はどんな政治体制に属してもそのうちの一つに属して陰謀論を構成する一部の人生を生きる。 それほど陰謀の世界は深く濃く、大衆の目線で推し量って騒ぎ立てることができない人類の沼だという話だ。 縦横に緻密に絡み合った陰謀を支える大衆は、小さな陰謀も大きな陰謀も、完全な人間の精神性を脅かされる点では変わりがないという事実を認知しないまま、情報と消費の奴隷に生まれ変わった。 しかし残念ながら、このメビウスの輪のようなアイロニーから抜け出すことはできないので、生存はますます疲れる。
 
筆者に陰謀論を再定義しろと言うなら、過去の旧世界(Old World)の建築物・記録物の破壊を主導した者たちが大衆の目をごまかす作業だ。 数百年にわたるこの作業は現実の糊口策に変質し、それに利用された大衆を分裂させ、今では陰謀論を定論にすることができないと感じられるのが現実だ。
 
数百年間の西洋の植民地主義は、第二次世界大戦後、現代社会の巨大資本として生まれ変わり、依然として世界経済を支配している。微々たる資本の奴隷になってしまった現生人類に、民主主義を叫ぶ政治方式が進んでいるという錯覚を通じて、依然として大衆を弄び、世界的な資本家のために陰謀の世界をさらに強固にする役割は、ゲームの中のNPCそのものだ。大衆は彼らの扇動部隊として、現実の中の自我を自覚する必要すらほとんど感じない。たまにこの世界に対する構造的な矛盾に根源的な疑念を抱いている者も存在するが、個人の情報力でその全貌を明らかにすることはできない。個人とNPCの属性が同じ脈絡だからだ。
 
勉庵 崔益鉉(ミョンアム チェ・イクヒョン)は、旧時代の正統性を壊そうとする西欧と、その西欧の犬となって動いた日帝に全身と精神で立ち向かった朝鮮最後の知識人を象徴する人物だ。崔致遠(チェ・チウォン)の子孫だから、千年の家系が続いた、まさに骨のある名家の後裔、いくら上下身分の区別と男女の境界を越えた下品になった世の中だとしても、私たちが軽々しく口出しできる人物ではない。千年の歳月が一つの家系を維持したという叙事が、人類史でどれほど偉大で荘厳な歴史なのか、私たち自身が全く認識していない。何のために、私たち自身の記憶と歴史を喪失したのか考えてみるべきだ。千年の歳月の間、崔致遠と崔益鉉が人種的生物学的同一性を保有していたと言えるだろうか。私たちは何も知らない。崔益鉉も崔致遠も見たことも情報もないが、日帝強占期に刊行された資料を持って学問とするのに恥ずかしさのない没廉恥が、崔致遠の対馬での獄中生活を陰謀論を構成する一つの要素にしてしまった。
 
崔益鉉(チェ・イクヒョン)は、名だたる朝鮮の天才たちの学問的素養を血統として受け継いだが、時代が悪く、すでに世の中が騒がしくなっていたため、やっと義兵長として名前が残った。大抵キーワード暗記方式である歴史人物紹介が果たして誰に何の役に立つのか、このような儀式的な行為は真摯な過去の回顧を妨げるだけであり、独裁政権を美化してきた映画のように御用文化では抜け目のない韓国人の心情を絶対に揺さぶることはできない。過去が曖昧になってしまった民族に、着実に本質と現象を拾い集めようとする人生の道標などは消えて久しい。これが後天的に習得された結果、もはや長い歴史が似合わず、歴史と向き合おうとしない変種になったので、崔益鉉(チェ・イクヒョン)などが人々の心情を揺さぶるはずもない。
 
崔益鉉(チェ・イクヒョン)の長男である永祚(ヨンジョ)は、父親が残した詩文を集め、死後1年後の1908年(戊申本)に勉菴集(ミョンアムジプ)を刊行した。1929年には朝鮮総督府の許可を得て、趙友植(チョ・ウシク)・朴在植(パク・ジェシク)などが1931年(辛未本)48巻24冊で勉菴集(ミョンアムジプ)を再刊行した。短い期間に二度も刊行されたのはどういう理由からだろうか。戊申本と辛未本の違いまでは比較できなかったが、内容の中で特に注目されるのは上疏文である。上疏文には、旧韓末の政治状況と衛正斥邪(ウィジョンチョクサ)を代弁する立場とともに、日帝の侵略蛮行などを糾弾・声討する内容が多い方である。とりあえず日帝蛮行糾弾があり、史料の客観性を保障するように見えるが、衛正斥邪から迫害(パクヘ)と洋擾(ヤンヨ)に移り、ある瞬間日帝植民地になる過程は事実関係が明確でない記述である。西洋の天主教が日帝侵略にすり替わる政治をきちんと説明していないという疑念である。
 
乙巳늑약と庚戌国恥の間に印刷業が強くなったのも不思議だ。戦争には軍需産業が当面の課題であるはずなのに、なぜ書籍刊行が重要になったのだろうか。朝鮮史編修会は1920年代から朝鮮八道全国を探し回り、田舎の山間にある本まで全て回収したと公式記録を残したが、すでにそれ以前の時期に、何らかの戦略的書籍刊行時代が体系的に存在し、記録を全て残した。鮭の回帰のように激しい流れを逆行する帰郷の本能が韓国人に働かなければ知りえないことが歴史になってしまった。
 
1865年、ロシア艦隊が元山港に登場し、通商を要求してきた。承政院承旨でカトリック教徒の南鍾三(南鍾三、1817年~1866年)は、ロシアの南下を防ぐために「英仏同盟」を建議した。イギリスとフランスの同盟ではなく、朝鮮とフランス、朝鮮とイギリスが同盟を結ぶという意味だ。これに対し、西教(西敎または西學、すなわちキリスト教)派に反対する人々が憤慨し、南鍾三とフランス人神父9人を殉教させた。ロシアの南下をフランスの力を借りて阻止しようとした大院君の政策が失敗すると、逆に西学を弾圧し、官吏と信徒8千人余りを虐殺したという事件、これが所謂丙寅迫害(丙寅迫害)で、この事件を口実に天津(天津)に停泊していたフランスのローズ提督が艦隊を率いて江華島に攻め込んできたが、これを丙寅洋擾(丙寅洋擾)と呼ぶ。
 
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French fleet in Ganghwa, Choseon
 
上記の写真が江華島のどこかだとしたら、読者は信じられるかどうか分からない。時空間に対する意識の拡張が止まったのは植民史観のせいだが、趙仏同盟と趙英同盟を同時に推進しようとした南種三の時代はいつ、どこで起きた歴史的事件なのか、上記の絵を見ながら類推してみる必要がある。1840年代になれば商業写真が全世界的に盛んに撮られた時期なので、この時期の朝鮮のペン画は事後に写真を見て描いたとしか見なせない。19世紀を通じてフランスが中心となった西欧の侵入は果たして領土のどの方向からとぐろを巻いて大きくなった事件なのか。歴史の場面場面ごとに疑惑に対する想像を許さない実在性(reality)が落ちる歴史認識が人間の頭脳に及ぼす悪影響は想像できないほどだ。麻痺した空間感覚と場所の属性に対する無理解が治療されなければ歴史に出会えないのは自明ではないだろうか。
 
丙寅迫害の時、幸運にも脱出したリデル(Félix-Clair Ridel, 1830年~1884年)は密入国で朝鮮に入ったフランス人神父だ。彼は天津にいた海軍提督ロジェに報告し、フランス艦船が江華島に上陸して事故(史庫)を調べ、書籍類を略奪させる一方、神父殺害の責任を高宗に問い詰める。朝鮮朝廷は鉄砲500台を掲げてロジェ艦隊を撃退することに成功した。しかし、幼い高宗を無能と腐敗の象徴にし、政権は暴悪な王の父親である大院君と嫁の家の争いとして作った記述基調は呆れるほどで、世界史的な流れとも合わない。イギリス。フランス、ドイツ、アメリカ、日本など全世界が通商圧力という名分の下、武器と十字架を掲げて侵略してきたが、家の争いをしながらもその攻撃を防ぎ、内部の分裂と日本の近代が始まると日帝の植民地に転落するという叙事が果たしてこの小さな韓半島をめぐって繰り広げられた乱闘劇だったのだろうか。西洋とキリスト教文明の東洋侵略に関する本質を抜いた記述が後々問題になるはずがないと判断した安易だった過去の歴史記述基調は現代史地政学の展開とも合わないが、今後はさらに合わなくなるだろう。民族や国家は人が集まって離合集散する抽象的な団体だが、その属性には人間の性情が溶け込んでおり、本質的な特性が一朝にして変わらない。近代百年間の侵略工作が進められたとしても、数千年の歴史を持つ韓国人の遺伝子が変質した割合はまだ微々たるものだ。
 
その翌年の1867年、今度は武装したアメリカ商船ジェネラルシャーマン号(SS General Sherman)が大同江に侵入し通商を要求、これもやはり平壌軍の砲火で沈没させた。ここで米海軍提督ロジャースは江華島に上陸し高宗に抗議したが、これも撃退された(1971年辛未洋擾)。韓半島でアメリカ商船がわざわざ西海まで行って平壌を遡って内陸に入っていくという主張が道理にかなうのだろうか。丸暗記するだけでなく、考えるということをしてみるべき時だ。江華島はなぜ近所のサンドバッグだったのだろうか。現在、江華島にどの国の艦船と戦争ができるのか、水深と喫水を調べてみる必要がある。
 
丙寅、辛未年の二度にわたる洋擾を避けた興宣大院君は「西洋の夷狄(野蛮人)が侵入してきたのに和議を主張するのは売国奴だ。これを万世子孫に警戒する。」という碑文を刻んだ。これが教科書暗記単語である大院君斥和碑だ。この斥和碑を全国各地に建て、鎖国政策を強硬に主張し、しばらく西欧侵略の小康状態が続くという話だ。つまり、斥和碑の存在と歴史叙述の斥和碑記載は、韓半島が西洋侵略に対抗したという証拠遺物だ。歴史叙述と歴史的遺物遺跡はこうして創造していくのだ。
 
この辛未洋擾は英語では、アメリカの朝鮮遠征(United States expedition to Korea)または簡略に韓国遠征(Korean Expedition)と呼ばれ、特にアメリカは1871年韓国遠征(Korean Campaign 1871)、1871年米韓戦争(United States-Korea War of 1871)とも呼ばれる。 もし現代戦でアメリカが韓半島遠征に出るなら、あえて大同江を遡る冒険を敢行しなければならないだろうか。 地政学と地紋地理の調和のとれた知識を期待する。
 
最後に、丙寅洋擾と辛未洋擾の間にドイツ人商人のエルンスト・オッペルトがいる。 忠清道徳山にある興宣大院君の父親である南延君の墓を盗掘しようとして失敗した事件だ(Ernst Oppert 盗掘事件)。 元々南延君の墓は京畿道麻田に用意したが、何度かの移葬を経ることになる。 大院君が悪夢を見て忠清南道礼山郡伽耶山に移葬したが、伽耶寺も焼失し再移葬を経る。 やはり釈然としない。 ソウルの宮殿面積はおおよそ36万坪を超え、王陵の坪数だけでも一基当たり数十万坪を超える。 先祖に対する敬畏心が残っている韓国人の特性上、他人の土地に墓地を使うことや、他人の墓の盗掘はよほどのことがない限り発生しない悖倫事件だ。 ドイツの商人が南延君の墓を盗掘したというのがどういう意味なのか、考えてみる必要がある。
 
丙寅迫害
(1866)
제너럴셔먼호
(1866)
丙寅洋擾
(1866)
오페르트 도굴 사건
(1868)
辛未洋擾
(1871)
フランス
アメリカ
フランス
ドイツ
アメリカ

まだ洋上の量子も説明できていない。海が人間の欲望を刺激した時代が地球全体を焦土化したここ数百年もの歴史が、まだ水面上に上がってきていない。


댓글
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품품
4
마! 내가 느그 서장이랑! 사우나도 가고! 으이? 생각나네요 ㅎㅎ 이름은 같지만... 최익현이란 이름을 보면 이 분이 먼저 생각나도록 사회가. 시스템이. 많은 것들이 바뀌면 좋겠네요.
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aladin
6
우리 조상들이 이렇게 당하면서도 꿋꿋이 버텼다는 게 참 눈물 납니다. 요즘 같은 시대엔 누가 목숨 걸고 나라 지킬 수 있을까요. 자꾸 역사를 잊어가는 것 같아 슬픕니다.
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mini
9
역사 유물도 정치다’는 문장에서 멈춰 서서 생각하게 됐습니다. 왜 어떤 기록은 살아남고, 어떤 진실은 지워졌는지... 이 글은 역사에 대한 감각을 회복하라는 일종의 알람 같아요
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상상
8
‘제너럴 셔먼호가 대동강을 거슬러 올라갔다’는 걸 공간적으로 의심해보라는 말, 정말 참신합니다. 교과서에선 그런 시각을 전혀 안 가르치죠.
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君子有三樂
6
면암 최익현이 단지 의병장으로 기억되는 것이 안타깝다’는 말에 너무 공감합니다. 천 년 가계와 그 정신을 계승한 인물이라면, 훨씬 더 깊은 조명이 있어야 한다고 생각해요.
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사랑
7
역사 교육이 진짜 진실을 가르쳐줬다면 우리가 이렇게까지 혼란스럽진 않았을 겁니다. 글을 읽으며 소름이 돋았습니다. ‘암기식 역사’가 진실을 가릴 수 있다는 말에 크게 공감합니다.
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Korman
6
병인양요나 신미양요 같은 사건을 이렇게까지 입체적으로 다시 보게 될 줄 몰랐습니다. 단순히 교과서 안에 갇힌 연도가 아니라, 그 안에 숨겨진 정치적 흐름과 진짜 의도가 있었다는 생각을 처음 해봤어요.
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Cnadlelight
6
면암 최익현에 대한 서술은 상당히 흥미로웠습니다. 특히 1908년 간행과 1931년 재간행의 맥락을 연결한 해석은 주목할 만하네요. 하지만 ‘서양 종교 = 침략’이라는 일변도의 해석은 좀 더 다층적으로 접근할 필요가 있어 보입니다.
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vivian
4
이 글 내용으로 다큐 만들면 정말 좋을 것 같네요. 병인양요와 신미양요, 오페르트 사건까지도 다 각색해서 알기 쉽게 풀면 젊은 세대에게 충격 줄 수 있을 듯.
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五感滿足
5
이 글을 읽고 나니 내가 알고 있던 역사가 너무 얕았다는 걸 깨달았습니다. 왜곡된 사료 위에 쌓인 지식이 과연 진실일 수 있을까요? 우리에게 필요한 건 ‘암기’가 아니라 ‘의심’이라는 말, 깊이 와닿네요.
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soonmi
2
최근 봤던 드라마 ‘미스터 션샤인’ 생각이 나네요. 대원군과 척화비, 면암 최익현까지… 드라마도 이 글처럼 과감하게 진실을 파고들 수 있으면 좋겠어요.”
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korman77
2
면암 최익현 선생은 조선 후기 격동의 시대를 온몸으로 살아낸 진정한 선비였습니다. 개항기와 일제강점 초기라는 절체절명의 시기에 유교적 신념과 나라 사랑 정신을 끝까지 지켜낸 모습이 존경스럽습니다. 특히 74세의 나이에도 의병활동에 나서신 용기와 의지는 후세에 길이 전해져야 할 귀중한 유산이라고 생각합니다
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honghong
2
한 시대의 지식인이 어떻게 변화하는 현실에 대응해야 하는지에 대한 깊은 성찰을 하게 됩니다. 전통적 가치관을 고수하면서도 나라의 위기 앞에서는 직접 행동으로 나서신 모습에서, 진정한 학자정신과 실천적 애국심이 무엇인지 배우게 됩니다. 오늘날에도 여전히 유효한 교훈을 주는 인물이네요.
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