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Corea든 Korea든, 품격은 이름보다 먼저다
Whatever the name—Corea or Korea—dignity comes first.
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경상남도 하동(河東)군에는 칠불사라는 절이 있다.
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朝鮮民譚集 神話・伝説

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2026. 08. 28
45. 七仏寺の伝説
慶尚南道河東郡には七仏寺という寺がある。境内の池を人が覗き込むと、必ずその姿が7つに映る。昔、駕洛国の始祖である金首露王が金海に都を築き、そこの王になった時、首露王の6人の弟たちは仕方なく河東へ行き、仏寺を建ててそこの坊主になった。その後、首露王は懐かしい弟たちに会おうとその寺を訪ねたが、弟たちはその時すでに皆死んでいたため、寺を廃して帰る途中、境内の池を覗き込むと、そこに6人の弟の姿と自分の姿が7つ並んで映って見えた。そこで首露王はその寺を七仏寺と名付けたが、それ以来、誰が覗き込んでも池の水に映る姿が7つ見えるという伝説がある。
 
1930年5月 全南麗水郡邑 金東斌君談
 
*七仏寺のウェブサイトにある沿革には、金首露(首露王、42~199)王の子供のうち7人の息子が外叔父について出家し、5年後の駕洛国始祖王62年(103、癸卯)8月15日に同時成仏した場所と紹介されている。兄弟と息子という違いがあり、成仏者の中に首露王が含まれている違いもある。首露の外叔父であれば伽耶山の山神くらいであろうし、首露王の息子の外叔父であれば阿踰陀国の太子として知られるインド人梵僧、長遊宝玉(?~?)和尚である。
 
現在、外国人労働者が多いその地にインドから許黄玉(32~189)が嫁いできたという伝説を学界が定説とするレベルでは、七仏寺の沿革を知る術はない。しかし、人が死んで薄気味悪い月明かりに映る池に6~7人の魂が同時に浮かぶとすれば、それは普通の出来事ではない。インドから来た、兄弟なのか息子なのか、さらには王まで含まれた7人の人間の姿が一度に死ぬには何があったのか、いくら伝説だとしても疑問は残る。
 
金首露王(158歳)は天から遣わされた卵生説話の主人公であり、王妃となったインドの王女許黄玉(177歳)と、今の観点からすれば長寿であり、さらに二人の性器は伽耶の果てまで続き、広げて座って宴を催すほどだったと言われているではないか。檀君のように天から地上に降りてきて人間界を開いた人々が数多くいる民族は、なぜ日帝に植民地化されたのだろうか。神話となった歴史を研究する根拠資料が全く残っておらず、窮屈な日本式研究ナラティブを黙って踏襲するしかないが、もしかしたら、数十人の天上界の子孫であるために、日本の植民地に転落したと推測される。この推測が確証に近づくには、正確に韓民族の祖先が誰から始まったかという暗記式の正解が出てこなければならないが、そんなことはない。暗記しなければ歴史ではなく、植民史観でなければ答えではない人々に変わってしまったので、伝説の故郷でも良いと言わなければならないのか。
https://www.chilbul.or.kr/doc/0102.php
 
 
46. エビヤ原と無心項と血川
「エビヤ」と言うと、子供たちはたいてい萎縮してしまう。この言葉は今「ああ、怖い」という言葉のように解釈されるが、これには由来がある。いつのことかは分からないが、昔、朝鮮軍が大挙して日本を征服しに行ったことがある。その時、朝鮮軍は日本のエビヤという野原で日本軍と戦い、最後の一人まで皆殺しにした。それ以来、朝鮮人は「エビヤ」という言葉を聞くと身をすくめるようになり、今でもこの言葉が残って子供たちを脅かす文句になったという話だ。
 
全羅南道麗水郡突山面には無心項という水路(海峡)があるが、その水路は実は島と島の間の海抜わずか10尺ほどの陸地でつながっている場所である。遠くから見ると西海と南海が繋がっているように見えるが、実際は陸地によって分かれている。ところが、壬辰倭乱(秀吉戦争)の時、日本の海軍はこれを知らず、その水路を通って逃げようと全軍を率いて無心項にたどり着き、進退窮まった状態で李舜臣の水軍によって全滅させられてしまった。そのため、日本人は当時これを無心項と呼んだが、今でもそう呼ばれているという。
 
また、その無心項の隣には血川という川が流れているが、これは壬辰倭乱の時に日本水軍がそこで敗れ、その血がこの川を赤く染めたため、今でもそう呼ばれているという。
 
同日、金東斌君談
 
*エビヤ原は「エビヤバラ」と呼ぶこともできるが、一般的な地名ではなく、日本人の姓にエビハラ(蛯原)やエバラ(海老原)という姓がある。あえて解釈するなら、エビが跳ね回る原っぱとなるので、おそらく海に面したどこかに由来する地名かもしれない。海路や陸路でどれほど多くの人が殺されたら、聞くだけで震え上がるほどだったのだろうか。なぜ、そこまで互いに殺し合わなければならなかったのだろうか。文明の衝突は、飽きることなく優劣の争いを続けてきた。
 
その例が無心項、現在の麗水市突山邑平沙里のムスルモクという地名である。李舜臣将軍の大きく長い刀や、金首露王夫妻の巨大な性器は、背が高く、さらには長寿だったある民族集団の存在を想像させる。時折、その想像を実現させる証拠遺物が博物館に保管されているが、人々は本物を見ても信じられず、偽物に洗脳された記憶だけを持って生きている。
 
血生臭い海は、本当の戦争の理由と目的を隠し、悠々と千年も万年も流れる。
 
 
 
47. 国士洞崔氏伝説
壬辰倭乱(秀吉の戦争)といえば、村翁野叟児童走卒(村の老人や田舎の老人、子供たちや下僕)に至るまで、これを知らない者はいない。そしてその時侵入した倭兵の数は実に3兆8億人であったと伝えられている。この戦乱の時こそ、今牙浦面にある富豪がいて、自分の娘を近隣の崔氏に嫁がせたが、崔氏は息子を一人残して間もなく死んでしまった。
 
やがて壬辰の乱が起こり、富豪は奴僕や小作人など数百人を集め、国士山の谷の入り口に城壁を築き、そこに陣を張った。これを聞いた崔氏の妻は、その幼い子を背負って父親を訪ね、保護を求めたが、その父親は女が陣中に入ることを不吉として追い出したため、彼女は仕方なく泣きながら家に帰った。
 
ところがその夜、倭兵が急襲し、国士山城を陥落させ、城内の兵士は一人も生き残らず死んだが、崔氏夫人だけは乱から逃れることができた。今日、牙浦面国士洞に崔氏を名乗る数世帯が住んでいるが、彼らは実に彼女の子孫であると伝えられている。
 
1928年2月 慶北 金泉郡 牙浦面 国士洞, 金文煥氏寄
 
*体感3兆8億人というのは、実に途方もない数字だ。数十年以上続いた戦争だったとしても、それだけの兵力が投入されるのは難しい。象徴的ではあるが、倭兵3兆8億人が投入された壬辰倭乱であれば、秀吉の朝鮮侵略ではなく、世界の朝鮮侵略だったと見ても差し支えないほどだ。
 
目に見えるものは真実で、目に見えないものは偽りなのか。

댓글
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moondo
7
신화와 전설은 단순한 허구로 치부하기보다, 오랜 세월 민중이 기억하고 전해온 집단적 경험의 흔적으로 읽어야 한다고 생각합니다. 기록되지 못한 역사가 전설 속에 어떤 모습으로 남아 있는지 더욱 깊이 살펴볼 필요가 있습니다.
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shindong
6
칠불사의 서로 다른 전승과 무심목·피내에 얽힌 이야기를 함께 읽으니, 역사는 기록만으로 완성되는 것이 아니라는 생각이 듭니다. 과장과 상징 속에서도 당시 사람들이 기억하고자 했던 사건과 감정은 분명 존재했을 것입니다.
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kanaria
6
특히 ‘3조 8억 명의 왜병’이라는 숫자는 사실 여부를 떠나 전쟁을 겪은 민중이 느꼈던 공포와 참상을 극단적으로 보여주는 표현처럼 다가옵니다. 숫자의 정확성만으로 전설의 의미를 재단할 수 없다는 생각입니다.
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Happy_C
5
전설은 사실과 허구의 경계에 있지만, 그렇다고 아무 의미 없는 이야기는 아닙니다. 왜 이런 이야기가 특정 지역에서 오랫동안 전해졌는지, 지명과 기억이 어떻게 결합했는지를 살피는 것도 역사를 이해하는 중요한 방법일 것입니다.
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soo9
5
“눈에 보이는 것은 사실이고, 눈에 보이지 않는 것은 거짓인가”라는 마지막 질문이 오래 남습니다. 역사 연구에는 검증이 필요하지만, 기록되지 않은 민중의 기억과 구전 역시 함부로 지워서는 안 된다는 점을 생각하게 하는 글입니다.
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홍민성
4
지역마다 전해지는 신화와 전설을 읽다 보면 공식 역사서에는 기록되지 못한 민중의 기억이 얼마나 풍부한지 새삼 느끼게 됩니다. 사실 여부를 떠나 왜 이런 이야기가 만들어지고 오랫동안 전승되었는지를 살피는 일도 의미가 있어 보입니다.
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Rosemary
3
칠불사 전설처럼 하나의 장소를 두고 서로 다른 이야기가 전해진다는 사실 자체가 흥미롭습니다. 기록의 차이를 단순한 오류로만 볼 것이 아니라, 시대와 사람에 따라 역사가 어떻게 기억되고 변형되어 왔는지도 함께 연구해야 할 것입니다.
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krrr
3
무심목과 피내라는 지명에 얽힌 이야기는 전쟁이 끝난 뒤에도 그 기억이 땅과 바다의 이름 속에 남는다는 것을 보여줍니다. 수백 년이 지나도 지역민의 언어와 전설 속에 전쟁의 상흔이 살아 있다는 점이 인상적입니다.
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오현철
2
전설에는 분명 과장과 상상이 섞여 있지만, 그것을 이유로 모든 이야기를 무가치하다고 단정해서는 안 된다고 생각합니다. 오히려 객관적 사료와 구전 자료를 함께 비교하며 우리 역사의 빈 공간을 채우려는 노력이 필요합니다.
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